20年後の金田んち
インフルエンザにかかった息子はすっかり熱も下がり、いつもの元気を取り戻しました。
自宅謹慎中の息子は誰かが仕事を休んで面倒を見なくてはいけないのですが、俺もその1週間中1日だけ面倒を見ることになりました。
その日の昼飯は残り物のカレーがちょうど1杯分くらいあったのでそれを食うことに。ご飯の余りがなかったので、冷凍庫を覗いてみるといつ買ったのかも記憶にない冷凍うどんを発見。冷凍してるので食ってもそんなに悪いことはないだろうとカレーうどんを作りました。
カレーうどんというと、ふつうは出汁の中に残りもんのカレールーをちょっと加えて、水溶き片栗粉でとろみを付けたスープを作ると思います。ちょっと凝ると刻んだ長ネギを食べる前にちょろっと乗せたり。
しかし、めんどくさいのでやめました。子どもの頃それがカレーうどんだと信じて疑うことはなく、ある日スープ状のカレーうどんが店で出てきたときにカルチャーショックを受けたのは、母の手抜きカレーうどんの仕業です。
ゆでたうどん麺の上にただカレールーをかけるだけのドロドロカレーうどん。トロトロではない、カレーライスのライスがそっくりうどんに変わっただけの伝家の宝刀カレーうどんです。
息子には、何日か前に作ったチャーハンの余りが冷凍されてたので、それを与えました。
ただ、赤ん坊が一度に食べるにはちょっと多いくらいの量がラップでくるんであったので、たぶん余るだろうな、まぁ赤ちゃん用に薄い味付けにしてあるから残ればカレールーと一緒に食ってしまえばいいかと思い、全部レンジでチン。
大きさはローソンだかファミマだかに売ってる「おおきなおにぎり」よりもでかいくらい。ふつうサイズのコンビニおにぎりなら約2個分くらいの量です。
息子はたぶんよその同じ年くらいの子よりはよく食べる方だと思うんですが、さすがにこの量は完食できないよな、と思いつつ食べさせてみるとなんと完食。
いったいその小さな体のどこに収容されてるんだろうと思いましたし、あぁこんだけ食うからこそ病気の治りも早いのかなと感じました。
しかし、今でさえこんだけ食うんだから成長期になるとわが家のエンゲル係数はどうなることやら、想像を絶する。今夏にはもう1人女の子の赤ちゃんが産まれるし。
こいつらが大人になったらいったいどうなるんだろうか・・・
―――20年後
「今日あいつら(息子・娘)から電話があったよ。明日帰ってくるって。(息子)は大学に入ってから1回も帰ってきてないし、(娘)も就職してから帰ってくるの今回が初めてだろ?」
「そうねぇ、2人とも私の鉄砲玉みたいな性格受け継いだんだろうね」
翌日の仕事が終わり、息子と会うのは4年ぶり、娘とも2年ぶりの再会でワクワクしながら帰宅する俺。
「ただいまー」
玄関には相変わらず脱ぎ散らかされた靴。何年経ってもかわんねぇな、と思いつつ靴を並べていると、真新しいビジネスシューズ。
「ほー、あいつ(息子)何かしこまって帰ってきてんだ。就職でも決まったか?酒呑みながらいっちょいじってやるとするか」
「おかえりー」
「おかえりー」
「おかえりー」
「おかえりなさーい」
ん?1人多い。聞き慣れぬ丁寧なあいさつ。靴を並べるために落としていた視線をあげると、息子とぜんぜん違う見たことのない若い男。
「あぁ・・ただいま、だれ?」
「はじめまして。○○と申します。今日はご挨拶に伺いました。」
おいおいえらく急だな。まぁ鉄砲玉だからうだうだ言ったところでしかたねぇか。
「よし、まぁとにかく部屋に入ろう」
リビングの真ん中に居座るちゃぶ台ごしに向き合う俺と小僧。それを取り囲む観客、妻と息子そして娘である。
「まぁ取りあえず座ろうか」
「はい」
向き合う小僧の心臓の音が聞こえてきそうだが、おそらくあちらにも俺のバカでかい心臓の鼓動が聞こえていることだろう。俺は小心者なのだ。
「じゃあ話を聞こうか」
「はい、今娘さんとお付き合いをさせていだだいてる○○と申します。本日は、娘さんをいただきにあがりました。」
「おい、まて!結論としてそこに行き着くことは想像出来た。でももっとこう、どこが好きですとかなんとかないのか」
「あ、あ、すみません。好きです。」
「まぁ緊張するよな。よし、飯にしよう、今日は泊まれるんだろ?」
「え?あ、はい」
「まずその堅苦しいスーツは脱ごう。スウェットしかないけど良いか?」
少しでも緊張が解ければ、と着慣れてなさそうなスーツから部屋着に着替えさせることを提案する。 俺のスウェットに着替えたところ、サイズが合ってないためちんちくりんな姿になってしまった小僧。(なんかすまんな)
「よし、今日はみんな揃ったし、この前貰った魔王でも呑むか!」
「この前って何年前に貰った焼酎よ!?腹壊すよ?」
この状況になぜか冷静極まりない妻。
「そうか、じゃあいつもの黒霧にするか」
お酒がみんなの手元に行き渡り、大皿料理とそれぞれの取り皿がちゃぶ台の上に出そろう。スーツ脱却が良かったのか、世間話も弾んできたところで小僧からの質問が
「あの、おとうさん。娘さんとのことなんですけど、結婚は許して頂けますか?」
「許すも何も自分の娘が選んだんだからなぁ。自分の育てた娘の目を疑いはしないよ。ただな、娘はやらん。無期限レンタルな。いらなくなったら捨てずにすぐ返してくれ。これでも俺にとっては大事な娘だからな。」
「レンタル・・ですか。ありがとうございます」
「まぁ、大変だろうけどよろしく!」
安堵なのか困惑なのか、あるいはその狭間なのか複雑な表情を浮かべる小僧。
「おとうさん、急にごめんね」
「おう、昨日の電話で何か伝えとけよ」
「いや、おとうさん気が小さいしね。仕事出来んくなるかなと思って。」
「(確かに。良くわかってんな)バカ、そんなことあるかっ!」
和やかな食事の時間が流れ、妻は風呂に、娘夫婦は娘の部屋に移動し、息子と2人きりに。
「おやじ、背縮んだな」
「年かなぁ?いや、お前がでかくなったんだよ」
「おやじ、デコ広がったな」
「金田家にちんこを持って生まれた瞬間、お前も避けて通れない呪いだ。」
「おれも・・」
「なぁに、焦ることはない。今はまだふさふさの髪の毛の陰になっているかもしれん。だがさっきも言ったように、近い将来お前のデコも光り輝く、日の目を浴びる可能性は十分にあるんだ。」
「・・まぁいいや。ところでおやじ、足臭くなったな」
「息子よ、お前がインフルエンザになったときに食ったではないか。これは伝家の宝刀カレー臭だ」