金田んち

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プロの人

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昨日はなんかお偉い方々を招いての会議らしきものがありました。俺の担当する仕事ではないので詳しくは知らないのですが、どうも人手が足りないらしく「金田さんコーヒーの準備とか会場の後片付けとか手伝って」と頼まれたのではいはいと二つ返事で快諾しました。

会議が始まる前にプロジェクターの準備をしたり机上に会議用の資料を並べたり、事前に買っておいたお~いお○茶を並べたりして、会議室と同じフロアにある喫茶店にコーヒーを14杯頼んでおきました。そして実際に会議の時間になって、出席者が会場入りして名刺交換している間に、頼んでおいたコーヒーを持ってきてもらいました。

店員さんは清楚で眼鏡をかけたインテリ系の女性定員で、喫茶店でも似合うけど図書館にいても溶け込めそうな、存在そのものの自己主張はかなり弱いけど、職場を離れてプライベートの服装で同じ人を見た時に「あれ!?こんなに綺麗な人だったの」って気づくような感じの人でした。
その店員さんは14杯のコーヒーをワゴンで運んできて、机上の資料に邪魔にならないよう、しかも名刺交換で蛇行するたくさんの人の邪魔にもならないよう、手際よくそのコーヒーを並べました。
そして並べ終わると、必要最低限ではあるけれどもどこか余韻の残る口角のあげ方のスマイルと共に「失礼します」とだけ言って去っていきました。

見た目は俺の年齢とあまり変わらないくらいかと思いますが、その立ち居振る舞いというか、無駄のない所作のわりに後味の良い接客って今の俺には到底真似できないスナイパーレベルのプロだなと感じました。

会議が終わって出席者の方が帰り、空いた会場の後片付けをすることになりました。会議後、ちょうど昼食時だったことから、会場で昼食をとってもらっても構わないと伝えていたみたいなので、ある程度のゴミがあることは覚悟していましたが、実際その空箱となった会議室を見てみるとあるわあるわ。パンの空き袋やジュースの空パックや飴のカスなど。
ここで食べても良いとは伝えられてたとはいえ、ゴミくらいちょっとは遠慮して持ち帰れやと思いましたが愚痴っても誰も聞いてはくれません。なにせ片づけは誰もいない部屋で俺一人でやってますから。

そこでまず会場内に残された当日の会議資料を職場まで持ち帰りました。わざわざここまできて会議をしたはずの資料を置いて帰るって、どんだけ無意味な会議だったのか、はたまた出席者のお偉いさん方はその内容全てを丸暗記できるほどのバカげた記憶力の持ち主なのかは知りませんが、せっかく並べたし人数分しか準備してなかったんだから持って帰れやと思いました。

職場に資料を持ち帰り、会議室内に残ったものはペットボトルと燃えるごみだったので、燃えるごみ用のごみ袋とペットボトルを持ち帰るためのトートバッグを持っていきました。会議室内に残されたゴミを45Lの袋に入れると半分ほどに。俺は焼却炉じゃない、マジで持って帰れ。
ペットボトルのお茶はお口に合わなかったのか、一口くらいしか飲まずに放置されたものが10本くらい、4本は開封すらしていない。お~い、重い。死にたい。
ペットボトルが入ったトートバッグを一方の肩にかけ、もう片方の肩には何やら大きな袋を担ぐ人。

影だけ見ればサンタさんのようにも見えたでしょう。

12月24日の深夜、俺はこの袋を担ぎあなたの家にプレゼントをお届けに参ります。その際は何卒温かく迎えてやってください。今は水炊きよりもおでんが食べたい気分なので是非あなたが味付けしたおでんでのお出迎えを期待しております。

さて残ったのはコーヒーカップとスティックシュガーやコーヒーミルクの残骸です。これを注文した喫茶店にとりに来てもらうよう頼みに行きました。すると「すぐに伺います」との返事だったので会議室に戻り、ふと何かの視線を感じるので振り返ると、例のスナイパーは気配を消し去りすぐ後をつけてきたようです。

会場内には14セットのコーヒーカップと受け皿とその他もろもろの残骸があったのですが、スナイパーが持ってきたのはワゴンでなくお盆ひとつでした。
おいおい会場と喫茶店何往復つもりなんだと思いながら片づけ作業を見ていると、飲み残しのカップは単体で、飲みきったカップは4つほど重ねて、受け皿は2つの山に重ねて、あ~ら不思議。ひとつのお盆になんやらかんやら全て乗っかってしまいました。
使い終わった会議室という密室に男女が二人。そこで手際よく片づけをする女性を舐めるように観察する一人の男。もはやレイプとでも言えるような状況でも、手元が狂わないどころかそこで生じる不快感を表情に表すことすらないスナイパー。
会議が始まる前の手際の良さや接客態度もかなりのものでしたが、片づけの際のそれも恐れ入りました。正直時間かかるじゃねーかこんちきしょうとか思ってジロジロと観察していたことをここに懺悔します。

そして片づけが済むと、やっぱりスナイパーは俺に必要最低限ではあるけれどもどこか余韻の残る口角のあげ方のスマイルと共に「ありがとうございました」とだけ残し去っていきました。

ガッシャーン

もちろん足早でカップを運ぶ際にこのような音を聞くこともなく、実に無駄なく、スマートに。

ズキューン

スナイパーの片づけから俺の元を去るまでの一部始終を観察していた俺のハートは、見事に射抜かれていました。やっぱプロってすげー。傷口はありませんし彼女は自己主張もしてきません。しかし未だに余韻として確実に残るこの感動、あれは絶対只者ではないはずです。