金田んち

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くつろぎのパスタ

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しばらく更新できていなかったので書きたいパワーがMAXである。本日ふたつめ。ほろ酔いなんでめちゃくちゃに荒れた文章になる恐れあり。

料理ができる方が見たら頭を抱えてかたまってしまいそうな日記をいまから書くことにします。ちなみに俺は、昔々レシピとかそういうのまったく見ないで適当に作ってもある程度食えるものは作れた人間であったと宣言しておきます。


土曜日は昼にかなりの量を食ってしまったので、夜は軽めにすませました。ところが、子どもたちを寝かしつけて嫁とくつろいでいると、2人とも腹が減っていることに気が付き、俺はパスタを茹でることにしました。ちなみ具材はすべて冷凍です。こんなときに冷凍食品はすごく便利です。

家には何種類かパスタの買い置きがあります。たまたま目が合ったのがフェトチーネであったので、その日はそれを使うことにしました。早茹で4分のやつです。

嫁はこの日魚介類を食べたいとのことだったので、冷凍のミックスシーフードをまず炒めることにしました。このあいだ、この方法で市販のわさびソースと合わせたら「極旨金田スペシャル」というパスタができあがりました。


さて、今回はフェトチーネなので当然ソースはクリーミー系ということになるでしょう。そういう知識だけ持っているものの実践の伴わない人間が、往々にして信じられないミスという傷口をミスで広げてしまうのです。

その日は市販のつなクリームソースがあったので、それを使うことにしました。しかしミックスシーフードを炒めてるうちに、だんだん事態がおかしな方向に発展してきたのを感じないわけにはいきませんでした。

ミックスシーフードを炒める俺を再現してみます。

「よーし。今日はこのあいだ成功したシーフードミックス炒めてなんかおいしいバター醤油っぽいクリーミーソースつくるぞー」

「おー」

子どもたちは隣の部屋で寝ているので俺も嫁も小声です。

ばさばさばさ。

袋から直接ミックスシーフードをフライパンに投下。

「うわ!なんか煙すげー。フライパンすっげー熱そう! シーフードから煙!!けどなんか袋に残ってるの使い道ないしこれも全部入れよ」

残りのミックスシーフードをばさばさばさ。

具材とともに、袋の底に残っていた氷とかも全部まとめてフライパンに入れました。
じゅわーっと上がる煙と、あれよという間にフライパンに溜まる水分。

「なんかすげー、シーフードがプールに入った」
「へー」

この時の嫁は俺が作るパスタなんてどうでも良くて、いや俺の作るものを信用していたので、編み物をしていて相槌は適当です。

しかしどんな状態であろうとも、冷凍具材ですから解凍できるまでは炒めるしかありません。

フライパンの中は煮物みたいな状態になってます。たっぷりの水分に浮かんでる具材。

というわけで、俺は危惧しました。この水分の多さではとてもクリーミーにならない。ちなみに俺のはイオンで買った(たぶん)卵とベーコンを加えるだけのカルボナーラでした。しかし土曜の我が家に卵はありませんしベーコンは常にありません。

この時点でもうおまえ死んでしまえと言いたくなるほどになにもかもが上手くいっていませんが、後先考えずに行動して厄介な事態を引き起こし、まいっかでその場を乗り切る短絡的な脳みその俺は、ここで思いもよらぬ解決策を思いつきました。

水分が多いなら味が薄い。よし醤油を足そう。
水分が多いならフェトチーネと相性悪そう。よしカルボナーラソースを足そう。

こうして、嫁のパスタは混沌の様相を深めてきました。フライパンの中で解凍に失敗した水分がじゅわじゅわと踊るシーフードミックスに醤油で味付け、そこに特攻部隊のカルボナーラソース。
混ぜ合わせると何とも言えぬ色になりました。サザエさんで使われてそうな雑巾みたいな、日本人だからこそ馴染み深いみたいな、ザ・生活感みたいな茶色になってました。この世のカルボナーラソースで醤油に出会ったやつは数少ないに違いありません。
カルボナーラソースは広い醤油の海のなかでなにか理不尽な権力に対向するようにダマになってなかなか混ざりません。

俺はそこに容赦なく菜箸という名の暴力を投入、容赦無くソースをかき混ぜます。どんどん煮詰まって縮んでいくシーフードが嘆きの涙を流していました。

この時点で既に今作っているのはもはや料理でないと気づくべきだったのでしょうが、この期に及んで俺はまだ自信満々で「これならなんとかなるか」とか思っていたのです。
いや、なんだかおつかいのついでにみかんを3つ買ってポケットに詰め込んで帰宅、「お母さん、値上がりしてたよ」と報告する子供のような拠り所のない不安があったような気がします。

そこに茹で上がり抜群のフェトチーネが投入されてしまいました。ああ。

フライパンの火を止めると、そこに最終兵器、つなクリームソースを注入。

「や、やめろ、混ざ、混ざる・・・」

フェトチーネの悲鳴を心地よいBGMに、俺は罪悪感に後押しされソースと麺を合わせます。

そして皿に盛り付けました。

フライパンから、かわいそうな生き物のようにぺにょ~んと皿に落下していく水に浸かったころせんせーのようなフェトチーネ。完成してしまったその料理を見て、俺は思いました。

「うわあ……」

背後では何の不安もない嫁が俺の手作りのパスタ(のようなもの)を待っています。そんな嫁の前に、俺は精一杯の笑みを浮かべてこの実験に失敗したような出身国不明のパスタ風のなにかを差し出しました。

「はい。食えるものになってなかったら、ごめん」

嫁が「それ」を口に入れる瞬間が忍びなくて、俺は背を向けてしまいました。逃げたらダメめだ逃げたらダメだと自分に言い聞かせるのですが、いちばん哀れなのはその完成品から逃げられない嫁だということに気づいたのは、嫁が最初の一口を食べた瞬間でした。

「まず、くはない」

嫁は複雑な顔をしていました。味噌汁だと信じて飲んだものが、フルーティーな香りのするレモンティーでびっくり。しかもなぜかわかめ浮いてるよ?みたいな感じでした。
しかし嫁はとにかく「まずい」とは言ってません。
俺はほっとしました。

「よかった、食えるものになってたか」
「食えなくはない」
「そうか」
「食べたことはない」
未知の味です。
「あ、やっぱり」
「うん。醤油とシーフードの味がカルボナーラソースに出会って、さらにつなでクリーミー」

嫁は見てもいないのに、俺の製造過程を正確に言い当てました。
嫁は食べものについてわがままを言わないよい子なのですが、いつも飯を作ってるせいか舌がアホみたいに敏感なのです。

「あの、食えなかったら捨ててもいいから・・・」
「もったいないから食べる」

嫁は親からの躾上、食べものというのはありがたくいただくもので、捨てるとか残すとかそういうことをとても嫌うのです。しかし冷蔵庫では賞味期限切れの色々な食べ物が散見されます。人の信念はいつも不可解です。

もっとも、そんな信念よりも現実的な不可解さをもって、俺の製造したひみつ実験パスタは嫁を苛んでいます。

しばらく食ったところで、嫁の電池は切れました。

人間の真理は虚無である、と悟ってしまった人のような顔で嫁は言いました。

「まだ半分ある……」
「ごめん。マジでごめん!!」
「作ってもらってこんなこと言うのもあれやけど……こんなもの食べたことない」

俺は、自分用に作った「卵とベーコンを加えるカルボナーラ」のベーコンと卵抜きに、せめてコクを出そうとしてコンソメを投入した、これもまた960度くらいまちがった解決法を施したあげくなんにも解決してないどころか、事態をいっそうに悪化させた満身創痍パスタを食いながら、嫁に詫びるしかありませんでした。

空気を読めないキリストが「このなかに裏切りものがいる」と言ったという最後の晩餐くらいに気まずい空気のなか、黙々と二人はパスタを食べ続けました。

ついに嫁は食べきりました。嫁は食器を片付けると、無言で立ち上がって歯磨きに向かいました。そして、ふと立ち止まりました。俺に背中を向けたまま

「まずくは、なかった」

俺は正座して、嫁の宣告が下されるのを待ちました。
そして

「もうパスタはいらない」

がしゃーん。
目の前で牢獄の鍵がしまった囚人のように、俺はうなだれました。
ごめん、本当にごめんなさい。俺は、俺はただ・・犯しまくった自分のミスをごまかすために、いろんなことをしてみただけで、俺は、俺は・・・。