金田んち

スマホ表示の読者登録ボタンがどっか行きました。見かけた方はご連絡ください。至急引き取りに伺います。

ここだけの秘密

文字サイズ

文字を大きくする 文字を規定のサイズに戻す 文字を小さくする

机が4つ。隣り合わせに2つと、同じように向かいに2つ配置された机の島。
そのうちの1つを使ってる俺は資料を読んでて頭が煮詰まり、意識は資料の隣に無造作に置かれた文房具を眺めている。

ピンクと黄色の付箋、赤いホチキス、テープのりとボールペンが2本に、シャーペンが1本。

ここはいつもどおりの職場だ。

向かいの席の山田さんは、相変わらず隣の席に座る上司と仲良く雑談している。俺の隣の席の上司は...こちらも相変わらずどこかをほっつき歩いているんだろう。席にその姿はない。

どうしたもんかなぁと窓の外を眺めると、空をどんよりとした重そうな雲が覆っている。直に雨が降りそうだ。
考えても分からないものは仕方がない。上司が席に戻ってきたら相談しようと考え、気分転換にお茶を注ぎに給湯スペースに向かった。

お茶を注ぎ終わり早く帰りてぇと独りごちながら席の方を見ると、猫と葉っぱが描かれたマグカップを手に持ち、世界はいつでも平和なんだというような、いつもと変わらぬ表情をした上司が戻ってきてた。

早速解決法の分からない資料の相談をしようと席に戻ると、上司がニヤニヤしている。何か企んでるような、何か喋りたげなその表情は、いつものことといえばいつものことだが、何か普段感じることのない引っかかりを覚えた。

「読んだよ」

どうやら机に置いていた資料に目を通してくれたらしい。資料について説明する手間が省けたことと、あまり自発的に仕事をする上司の姿を見かけないのに今日はどうした!?という思いから鼻の穴が膨らみ

「ありがとうございます!ちょっと悩んでました」

上司に仕事の相談をすると、すぐに解決法をポンポンと考え提案してくれるのですごく助かる。普段もう少し上司自身で仕事を引き受けてくれたら完璧なのだが、まぁやり方さえ分かれば1人でも捌けるので、今の状態でもそんなに不満はない。で、と言おうと思ったら上司が

「たしかに。あんまり面白くはなかったね。人気もそんなにないのも分かる。」

ラッスン、ゴレライ。

「あの、何の話ですか?」

全く上司の言葉の意味が分からずポカンとする俺。悪戯っぽい目元を崩すことなくマグカップに注がれた飲み物を一口飲み、上司が口を開く。

「か・な・だ・ん・ち」

ほふっ!?あえ!?じゃーーー!!!うそ!?いや、チョットーマッテ、チョットマテ、オニーサン!!!!おえぇぇぇ。

「なんのことですか・・・」

なんだよこれ。どうすればいい。只今注いだばかりの熱いお茶を上司に浴びせたら良いのか!?パソコンに浴びせてぶっ壊したら良いのか。あってはならぬことが目の前で起こってる気がするけど、これ、どうしたらいい!?

「最初は自信がなかったけど、いくつか読むうちに確信がもててね」

いやいや、ありえんって。だって記事も検索されにくいようにタグとかカテゴリとか分けたりしてねぇし。いや、そもそもそういう整理に向いてないんだけど。いや、まじで職場での出来事なんかほとんど書いた記憶ないし、何かの間違いだ、絶対そうだ、俺は金田じゃない。金田はここには存在しない!!

「まぁ、座って。かなだんちって検索してみて。キンタマの金に、口の中に十で「かなだ」ね」

えぇぇぇぇ!!まさかの検索キター!(・A・)!これ公開処刑じゃね!?俺なんか悪いこと、した!?なに!?何か気に障るようなこと言った!?仕事マジメにやってるし、雑談にも付き合ってるし。。あぱぁぁぁぁ。クソ!そこに掲げた十字架を口に突っ込むぞ!クソがぁ!

トゥルルルルルル

そこにグッドタイミングで電話の着信。ワンコール鳴り終わるが早いか、とるのが早いか、俺は100万パーセントの握力で受話器をとった。

「グッジョブ!!誰だ!?……はい、申し訳ありませんでした。すぐ変わります」

勢い余って発した誰だ!?はさすがにまずかったようだが、電話は上司宛のものだったので、保留にして「お電話です」と即座に取り次ぐ。

電話のお陰でひとまず時間が出来た。しかし、このままじゃ公開処刑が数時間、いや数分伸びたに過ぎず根本的な解決にはなっていない。

ついさっきまで頭を悩ませていた机に置かれた資料なんてもはやどうでも良い。とにかく今は一旦落ち着いて、この状況の解決策を探るのが最優先だ。

バッグからいつ吸い残したものかも分からないタバコとライターを掴み、小銭とアイフォンをポケットに突っこんだ。目頭も目尻も熱を帯び、喫煙所を目指してずんずん歩いた。

喫煙所に置かれた自販機に小銭を乱暴に差し入れた。焦りが強すぎてお釣りのトレーに吐き出された10円1枚を二度目の挿入。ガシャーンと降ってきた金の微糖取り出し、マルメンと一緒に飲みながら気持ちを落ち着かせる。

俺は甘いコーヒーが好きではない。それに、メンソールなんて不味くて吸えない。この組み合わせは絶対あり得ないのだけれど、まぁ今は然したる問題ではない。抱えた問題がデカすぎて、味なんてものはもはやどうでも良い。

久々のニコチンが効きすぎるくらいに効く。急速に働いて頭のあちらこちらで交通事故を起こしていた思考回路は勢いを失い、俺の頭は多少冷静さを取り戻した。

「なんだ、ブログ消しゃいいだけじゃん」

俺はさっとアイフォンを手に取り、Safariを起動し「はてな」にログイン。はてなブログの設定から削除を豪快にタップ!手汗でギラついた画面上には赤字で「本当に削除してよろしいですか?」との表示。構わぬ!と本日二度目の豪快にタップ!!トライ!!!

公開処刑逃れたり!!と、喫煙所を後に軽快な足取りで机に戻ると、上司もちょうど電話を終えた。

「ごめんごめん電話が入って。さて、さっきの続きをしようか」

今度の俺は余裕の笑みを浮かべている。何しろ「金田んち」はついさっき削除したから、もうこの世には存在しないからだ。

検索結果に表示された「金田んち」をクリックすると、案の定ブログはもう読めない。よっしゃ!きた!逃れた!

「なんか見れないみたいですね」

「諦めろ」と「ざまぁみろ」が混在した言葉を白々しく上司に投げつける。一瞬上司が真顔になり、次の瞬間、目元はそのままで口角だけが吊り上る。

インターネットアーカイブって検索してごらん」

ガシャーン!!
逃がしはしない。しかし手は自分の意志で動かせと言わんばかりにメラメラとした赤黒いオーラを携えた上司から填められた首錠。
微かにしか息が出来ない。苦しい、苦しい!


ハッと目を覚ますと息子が顔の上で寝ていた。どうりで苦しいわけだ。


なんつーか現実味を帯びすぎた夢で、普段あまり起きても覚えてる夢ってないんですけど、こればかりは強烈すぎて忘れられない。夢なのか、フィクションなのか。若干記憶の薄い部分を盛ったんだけど、良いっすよね、それくらい。

まぁ仮に上司本当に読まれたとしても、反社会的なこととかこれはヤバいだろみたいな内容は書いてないから別に良いかもって思いもなくはない。でも少なくとも職場での俺とも家族の前での俺とも違う(と思ってる)金田松樹を、現実の俺と結び付けられた時の相手の反応ってあんまり知りたくはない。

つーか端的に言うと怖い。

たぶん現実よりも文章書いてる俺の方が感情の振幅がデカくて、それを知られるのが怖い。あんま見せないようにしてますからねぇ。人前で感動するのを見せるのも怖いし、心細さを露呈するのも怖いし、些細なことで喜ぶのを見せるのも怖い。

感情や思いや考えを隠す自分も開放する自分も、どっちが良くてどっちが悪いとかでもない。ただ、家族、友達、同僚、上司、ネット。それぞれの場所や人にしか言ってないこもあれば、それぞれの場所や人だからこそ言ってないこともある。

それぞれに言ってないことを、それぞれに対しての「秘密」というのなら、その秘密に出来る権利が奪われるのは怖いし、その権利を自発的に放棄するのには、すごく勇気がいる。

見せる部分と隠す部分、そしてその場所や人。3つの軸のバランスって大事なんだろうなと思う。

広告を非表示にする