金田んち

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仕事はキライ!でも技術は磨く

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私は仕事が嫌いだ!!

突然そんな宣言されても知るかよ、って思うでしょうが、俺は仕事が嫌いなのです。仕事が嫌いだから定時になると誰よりも速く職場から消え去りたくて、自分の処理能力を上げるために頑張るし、間違った処理で二度手間にならないよう、しっかりと勉強したりする。
嫌いだから余計なトラブルなんかは全部避けるためにコミュニケーションを意識するし、ほかの人がやってる仕事でも、さいごには自分に降りかかりそうな仕事をフォローしたりする。
嫌いだからなるべく楽しめるように自分で工夫しないとやっていけないので、たとえばマンネリ化しないようにやり方を工夫したりアプローチをかえてみたりする。


俺のことはどうでもいい。うちの奥様も仕事が嫌いなようで、私いつになったら仕事やめても生活できるくらい稼げるようになる?とか聞いてくるし、定時帰宅を念頭において日々仕事をやっているらしい。

しかし彼女は仕事嫌いなのに、ときどき仕事が休みの日に勉強会に参加したりする。ちなみに彼女の仕事は「作業療法士」といって、病院でリハビリの先生をやっている。同じようなリハビリの先生に「理学療法士」というのもあるらしいが、簡単な違いは手のリハビリか足のリハビリかというような違いらしい。とにかくリハビリの技術が大切になる仕事で、その技術力を磨くための勉強会に、ときどき自費で参加している。

俺はこれまでなぜ仕事が嫌いな彼女がわざわざ休日を返上し、しかも自費での参加になる勉強会に行っているのか分からなかった。リハビリは今日はここまで出来たら終わりというようなものではなく、時間で区切られる。自動車学校の教習みたいなものだ。なので技術を磨けば早く帰れるわけでもないし、仕事がはかどるわけでもない。嫌いなはずの仕事のために、なぜ自由な休日の時間を割くのか分からなかった。

先日、たまにはということで少し遠出をした車の中で、いつものように出来の悪い後輩に対する愚痴を聞いているときにその理由がはっきりと分かった。

少し長くなりそうなので結論を先に書いておくと、患者が20分のリハビリに対して支払う額はたとえば3000円と決まっていて、それはリハビリの先生の技術に関係なく一定の額だから、技術力が低いまま患者にリハビリを施すのは申し訳ない、ということだった。リハビリを担当するのが新米のペーペーであっても20分3000円、同業者が見てもコイツは只者じゃないというような技術力を身につけた人であっても20分3000円。もちろん技術力の差は患者の回復力に大きく影響する。

で、そんな彼女の仕事に対する姿勢に逆らうように、後輩はリハビリの時間を無駄に使っている、というのが今回の愚痴の内容だった。20分という時間の中で、後輩は患者とのコミュニケーション(世間話)ばかりやっていて、注意しても一向に変わらないというものだ。
確かに患者とのコミュニケーションは大切なのだが、その後輩の場合は、話・話・話・リハビリ・話・話、というような具合らしく、割合的には話8割・リハビリ2割というようなものらしい。
なので、後輩は患者がリハビリに対して払うお金に対して誠実じゃない、分かってない、というのが彼女の愚痴の要因だ。

作業療法士というのは国家資格で、その資格を取得するためには専門学校(大学もあったかもしれない)を卒業し、国家試験に受からなければ資格を取得できない。
国家試験は筆記によるものだが、それとは別に、専門学校を卒業するためのカリキュラムの中に、実際に病院なんかで2~3ヶ月、実習生として研修を受ける期間があって、こちらは事実上の実務試験のような役割を果たしているようだ。

その実習を彼女も経験しているのだけれど、彼女が担当した患者が、彼女の実習期間中に、病院から施設にうつる事になった。まぁこれは急性期(漢字があっているのかは分からないけど、救急病院みたいなところで、じーさんばーさんがずっと入院生活を送るような病院ではない)の病院では良くあることらしく、むしろ日常的な風景のようなもののようだ。
だから彼女もそのことについて何も感じてはいなかったし、もちろん実習の評価が下がるようなことはなかった。
しかし、実習の最後、彼女を担当していたリハビリの先生からこう言われた。

「あなたが担当した患者さんで、施設に移った人がいましたよね。これはあなたを責めるわけではありませんが、あの方の望みは家に帰ることでした。でも、これは私も反省しないといけないことですが、もし私やあなたにもっと高い技術があれば、同じ時間のリハビリや支払った金額で、もしかするとあの患者さんは家に帰れたかもしれません。望みを叶えられたかもしれません。実習は今日で終わりますが、これから先就職しても勉強会などに参加したりして、一人でも多くの患者さんの望みを叶えられるように励んでください。私も頑張ります」

先生から「あなたのせいではない」とは言われても、仮に自分にもっと高い技術さえあれば、その患者さんの生活が「今」とは違ったかもしれない。それを想像した彼女は涙を堪えきれずに号泣し、自分の技術を高めるというのはそういうもので、同じ20分3000円というリハビリで叶えられる患者の望みを大きなものにしなきゃいけないと感じた。

それから彼女は就職し、就職した病院ではかなり腕のいい作業療法士が指導にあたってくれた。彼女が担当する患者のリハビリの経過を報告し、上手くいっていないようなら自ら触診してみて、ここをこうやればもっと良くなるというようなアドバイスをくれ、実際にその通りにやると、患者から「すごく良くなった」と言われるくらいに変わると言っていた。
そして、その経験が実習の最後に言われ定まった彼女の仕事に対する姿勢をより強固にする。
ある日彼女が患者のもとに行ったときのことだ。

「昨日の先生、あの人はベテランさん?」
「はい。ベテランです」
「そうだろうねぇ。今日はすごく調子がいいんだよ。あんたも見習いなよ」

その患者は彼女のリハビリにも、そのベテランのリハビリにも同じ3000円を支払う。しかし、同じ3000円なのにその効果は天と地ほどの差がある。患者はもちろん技術力の高いベテランさんが良いだろうけれど、すべての患者をその人一人で担当するなんて不可能だ。それに、リハビリの担当は基本的に病院側が決める。

「申し訳ないな、と思いながらね、はいっっ!!って返事するしかなかった」

と言う彼女。

なんで仕事が嫌いなのに、その仕事関連の勉強会に休日返上で、しかも自費で参加するのか。その理由は患者には自分の仕事の好き嫌いっていう感情は関係なく、患者に対する「申し訳ない」って気持からの行動なんだなって分かったし、リハビリのために患者が払った3000円を無駄話に費やすなって彼女が後輩に対して怒りたくなる気持ちも分かった。
そして、仕事嫌いって言う彼女でも、仕事に向き合う姿勢にはきちんとした信念があって、だからこそ生じる怒りがあるんだと分かった。

それを俺は彼女からエピソードを交えて聞いたから分かったけど、その後輩にはどうやったら伝わるのか。もしかしたら彼女の信念とぶつかるような信念がその後輩の中にもあるかもしれないけれど、とにかく話して伝えないことには愚痴ってるだけでは気持ちの行き場がどこにもない。後輩と話はしてるらしいけど、「はぁ…」という極薄な反応を返すだけで何考えてるか分からないらしいから、なぜ彼女が時間を大切にするのかが後輩に伝われば良いなぁと願うことしか出来ないのが歯痒くて仕方なく、こうして書いた。