金田んち

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嫁がいない育児なんて無理

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「ありがとね、もう大丈夫」

体調の戻った嫁の声を聞き、ただただ安堵と感謝が込み上げた。

いつも通り仕事から帰ってリビングに入ると、嫁は娘への授乳を始めたばかり、息子はまだ夕飯の途中だった。

「ただいま!父ちゃんと飯食うか!」
息子に声をかけ、冷蔵庫から発泡酒を取り出した。息子の隣に座って缶を開け、いつからか真似を始めた息子と乾杯をした。
いつも通りの時間が始まった。

夕飯のメニューは白身のフライとマヨネーズで和えたサラダ。ちょっと油っこい。発泡酒とは良く合う。

不慣れなスプーン使いで、まだまだ食事の手助けが要る息子。ブロックを積んで遊ぶ時のような真剣な顔でスプーンを使ったり、時には諦めて手づかみで食べる姿は見ていて可愛い。最高の肴だ。
食べ物が口に入ると笑顔を見せてくれる。癒しだ。

息子の食事が済んだので、俺も残った発泡酒を一気に流し込んだ。
おっしょーしゃん(ごちそうさま)をさせ、次は娘を抱こうかと嫁の方を見た。

「ごめん、気持ち悪い。おっぱいまだ途中やけどトイレ行ってくる」

顔は青ざめていた。
妊娠・・・いやまさか。生理は再開してないし、そもそもやることヤッてない。

トイレから戻った嫁の表情はさっきよりも険しい。

「大丈夫か?どうした?」
「わからん」
「晩飯の油がキツかった?」
「おっぱい終わったら休んで良い?」
「おう、任せろ!」

嫁が心配ではあったが、子どもを放置するわけにはいかない。まず息子を風呂に入れ、俺も一緒に身体を洗った。パジャマを着せてリビングに連れて行き、次に娘を風呂に入れた。
一度吐いたおかげで少し体調が良くなったという嫁に娘の着替えは任せた。

歯磨きを済ませた息子を寝かしつけるため、嫁と娘をリビングに残し、隣接する和室の布団に向かった。
うんちの絵本を読み聞かせたり、たぬきのキンタマの歌を歌ってあげたりすると、30分ほどで寝付いた。
なんで子どもは下品なものが好きなんだろう。

リビングに戻ると嫁はぐったりと寝込んでいた。「ゆっくり、無理せんようにね」と声をかけると「もう風呂に入って寝るね」と。
やっぱり子どもの風呂は全部ひとりでやるべきだった。

嫁が風呂に入って間もなく娘が泣き出したので、オムツを取り換え抱きかかえてあやした。

風呂から上がってきた時には既に泣き止んでいた。
まだまだ辛いんだろう
「じゃあ、あとお願いしていい?」
と言う嫁に
「うん、おやすみ」
とだけ返した。こんな時、他にかける言葉を知らないのがもどかしい。

食器洗いや洗濯などの家事が残っていたため、娘をベビーベッドに寝かせ家事を始めた。
5分もせず娘が泣き出した。

まとまった時間が欲しかったので、オムツを替え、息子の時と同じ要領でミルクを作って与えた。
・・・飲まない。なんとか口に含んだと思っても全部吐き出してしまう。

娘は生まれてずっと母乳だからか、未知なるミルクの味を受け入れてくれなかった。違う人格に対して過去に得た要領は通用しなかった。

それからは地獄だった。
抱いている時は落ち着いて眠ってくれるものの、空腹感からかベッドに寝かせると瞬時に起きて泣き出してしまう。

娘が泣けば嫁も息子も起きてしまうため家事はろくに進まない。焦ってくる。
次第に抱っこも立ったままでないと泣き出すようになってきた。かといってミルクは飲んでくれやしない。
打つ手がない。延々と娘のターン。

3時間くらい抱き続けていたら腕が怠くなってきた。眠気で意識が飛びそうにもなってきた。
抱っこをやめると泣いてしまうし、不意に眠ってしまうと娘を床に落としてしまう。
子どもの夜泣きが続いたら、我が子でも絞め殺したい気になるというのを聞いたことがあったが、俺はそんな気すら湧かなかった。
あぁこれが続けば俺死ぬな、と思った。

人間眠さや辛さが一定のレベルを超えると、あらゆる感覚が鈍化するようだ。

結局一睡もできず夜が明けて「もう大丈夫」との嫁の言葉を聞いた俺は「助かった、もう1人じゃない」と思った。
バラバラになりそうだった。

嫁は一睡もできないことはないにしろ、満足に眠れない毎日を過ごしてる。
加えて朝昼晩のご飯は手づくりだ。簡単でも手づくりのものを子どもに与えたいらしい。
時には手芸が趣味だからと、時間を見つけて作った子供の遊びものを嬉しそうに見せてくる。

こんなことを毎日やってのける嫁をあらためて尊敬した反面、たった半日で絶望すら感じた自分が情けない。

世の中は男性の育児参加に積極的だ。
イクメンという言葉も流行り、実際育休をとる男性もいるらしい。

息子の時は嫁の協力もあって、一人きりでもお世話が出来るようになった。それが娘になっただけなので、やろうと思えば俺が育休をとって子育てをすることも出来ると思っていた。しかし、たった半日で自惚れだったと気づいた。

仕事と育児以外の家事全てやっても、育児の精神的・肉体的な疲労には到底及ばないんじゃないかと思う。

もし職場で育休とったら?と提案されても、嫁のサポートのない日中の子育てなんてやっていける自信が全くない。かといって夫婦揃って育休なんてとったら収入が足りずに破綻する。

無力な旦那である俺に、嫁はほとんど文句も言わない。どころか、しょっちゅう「ありがとう」と言う。
こんな俺でも出来ることは全てやりたい。少しでも嫁が楽になったら良い。
「ありがとう」は俺のセリフだよ。まったく、嫁には敵わない。