金田んち

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自分の記事のクオリティあげる方法を考えた

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「今日は書かねえ!」という日を作ってみる - 心の雑草 
これ読みました。 

 ちょうど何日か前から「まいにち更新がんばるぞー」って意気込んで書いてたところ非常にタイムリーな話題だったんで、興味深く読ませてもらいました。 

 リンク先で書かれてる各記事のクオリティ。 確かに大事だと思います。

特に結構な期間第一線で良く読まれてるようなブログって、記事ごとのクオリティが俄然高いと思う。

たとえばシロクマさんなんかだと考察力は半端なくて、なんか専門知識を有した人の講義を聞いてるような感覚に陥る。 

加藤はいねさんの書くものはどんだけ推敲を重ねて表現を練り上げたんだって驚愕するような、文字という媒体を使ったエンターテインメントと呼んで間違いない記事を書いてる。

 挙げればキリがないのでやめるけど、ただねぇ、あそこまで各記事のクオリティを上げろって言われても無理っすよ。

まずシロクマさんが書くみたいな、論理的で構造的にもしっかりしてるような文章は書けない。たぶん才能ない。 

かといって加藤さんみたいに身近な出来事を面白おかしく表現できるような構成力も語彙力も持ってない。 

 じゃあクオリティ上げるために俺に出来ることって何だろうって考えた。 

 まずは自分の主張を補強するための方法です。
これを考えるにあたって、補強する手段の前に普段自分が何を書いてるのか、何なら書けるのかを考えた。 
そしたら、俺はこう思う、俺はこう考えるって文章ばかり。

つまり、俺が書いてるものって何かの統計データから読み取ったものでも、何かの研究の成果でもない。単に俺の主張でしかない。

 だとしたらその主張を補強できるものは「今」自分の中にある知識であったり、いつか経験した事柄でしかない。

 なんてったって、今の俺が考えたことは、それまで俺に蓄積した知識とか経験から行き着いた答えだから。
つまりソース俺。顔は塩顔。

 なので、まず俺は自分の主張を補強するためにやれることといったら、何かを考えるに至った今までの経験や知識について思い返すしかない。

 たとえば目の前に並んだ2つのリンゴを2人で分け合うことになった時、俺が右側を選んだとして、なんでそっちを選んだのかについて自問自答する。

 俺の利き腕が右腕だからそっちを選んだのか、いびつな形をしていてどうしてもそっちを割ってみたくなったのか、色艶が良くておいしそうに見えたのか、もしくは相手がそっちを選びそうになったのが分かったから先に取ったのか。

 自分はこう考えるっていう主張を補強する方法って、たぶんそうやって自分の内部を見つめ直して理由を探るしか方法はないんじゃないかと思います。
んで、どうしたらその理由を探し出せるかって、たぶん数こなすしかないのかな。

 次に出来ることとして、なるべく相手に伝わるよう工夫するってことだと思います。
これは表現方法の工夫とか誤字脱字のチェックとか。 

といっても表現なんていくら頭を絞って考えても、もととなる知識そのものがないですからね。

俺は語彙力もないんで、よく読まれるためには平易な表現とか言葉を使うってこと書かれてますけど、そもそも難しい言葉しらない俺には縁のないテクニックだろうなと思います。 

 あと、たまに例えがわかりやすいって感想もらいますけど、あれも言いたいことを表現する語彙がないんで、無理矢理例えで誤魔化してるみたいなもんです。 

 んで、この伝え方についてなんですけど、俺が尊敬してる先生に「伝え方」がすげー上手いなぁって感じる人がいるんですね。
仕事で色んな研修会開いて色んな研修講師の講義を聴くんですけど、この人に勝る人はいないんじゃないかって思うくらい。 

 研修を受講した人のアンケートを見ても、5点満点の平均満足度が4点台後半なんです。ふつうの講師の人だとだいたい3点台中盤ってのが多いです。
受講生の心理的には、あんま面白くはなかったけど、2点とか1点は付けにくいから3点にしとこうみたいなところで、3点台に落ち着くのが普通なんだと思います。
それが4点台後半ですからちょっとおかしいレベルの講義です。 

 その人の講義って、確かに知識が凄いってことは言うまでもないんですけど、今時パワーポイントも使わずに、配布した薄い講義資料とトークとホワイトボードで3時間とかやるんです。しかも休憩なしで。

 時たま受講生から「休憩がほしい」っていう注文があるんで、そのことを先生に伝えたんです。
「先生、休憩はとらなくて大丈夫ですか」って。 そしたら
「僕には講義中に休憩をとるような力量がないんです」って言うんです。 
意味わからないんでどういうことですか?って聞くと
「みなさんの大切な時間をお預かりしてるんです。その時間を1秒たりとも無駄にはできません。皆様には途中でトイレに行ってもらってもタバコを吸ってもらっても構いませんが、自分から休憩時間をとるような力を僕はもってません。出来ることは話すことだけですから」って。 

正直唖然としました。 んで、その先生の話って単に知識がすごいだけじゃなくて、難しいことでも理解させるし、やっぱ聴いてる人を引き込む力があるんで、「どうやったらそんなに上手く喋れるんですか」って聞くと、
「僕は話が上手いわけではないんです。僕の話を聞きに来てくれるのが賢い人たちばかりなので、多少おかしな話でも理解してもらえるんです」って。 

 これにも唖然としました。 

 んで、たぶん俺の書くものについてもそうなんじゃないかなぁって思った。だってたぶん俺、書く能力も読む能力も、このブログを読んでる人たちよりも低いと思うんですよ。
 ホッテントリに上がるような記事でも、何回か読み直さないと意味わかんないとかよくあるくらい読解力低いですし。 

 そんな俺がこうしたら上手く伝わるんじゃないかって思い悩んで、何日もかけて自分の書いたものと向き合うより、読んでくれる人に任せた方が良いんじゃないかって。

たぶん言ってること間違ってたら指摘されるだろうし、ある程度日本語っぽいものになってたら読めるくらいの読解力もった人たちばっかだから心配いらないだろうって。 

 そのかわり俺が出来ることっていったら、俺はこう思うっていう理由を自分の中から探って、それを書くことなんじゃないかって。
んで、それは量をこなさなきゃ上手くならないだろうと思う。

自分の内側で結論付けられた事柄の理由を紐解くコツなんて、自分で見つける以外方法ないからな。 

 結論としては量をこなすっていう、まぁ習うより慣れろ的なものになりました。 

あぁ、そういえば連日更新は一旦今日で終わることになりました。