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金田んち

スマホ表示の読者登録ボタンがどっか行きました。見かけた方はご連絡ください。至急引き取りに伺います。

拡散しないで、と思ったけどやっぱ大丈夫

(追記)リンクを魚拓に変えたので拡散してもオッケーです。


このエントリは拡散しないでください。


ブログを始めたきっかけ、それはほんの些細な出来心だった。

当時の俺は仕事が死ぬほど暇で、職場では毎日ネットニュースを読み耽る日々を過ごしていた。ヤフーニュースの全ての記事を読み、更新はまだかまだかと待ちわびる暇に煙草をふかし、それでも更新されていないタイトルの羅列にため息をつきながら適当に検索をかけ、当時は「ブログ」という存在を知らない俺は、それらしいタイトルの付けられたリンクを踏み、なんなんだこのイイカゲンな記事は!!と思いながら誰とも知らぬブログを読んでいた。

そんな日々を送るうち、俺は自分が検索をかけて読んでいたものが個人の書いたブログであるということに気付いた。きっかけはなんだったか…たしか応援ポチお願いします!というようなバナーを踏んでからだったような記憶がある。

ブログとういう存在に気付いてから、これまで通り検索をかけてリンクを踏んだ先の文章が単なる個人的なブログなのか、組織的に発せられている記事なのかを注視するようになった。それはなにも個人の書いたブログが信用に値しないとかそういうことではなく、宇宙空間のようなネット世界に踏み入って大丈夫なものなのかみたいな好奇心があったからだ。

そうしていると、意外にも今まで検索をかけて読んでいたものに個人的なブログが多いということが分かってきた。それと同時に、あぁ俺も何か言いたいことがあればブログという媒体があるんじゃないかという希望みたいなものが見えてきた。そして本格的にブログというものを調べたら、お金をかけることなく何でも書いて良いブログサービスがたくさんあることを知った。

そしてたどり着いたのが「はてな」だった。

俺はさっそく「はてな」のユーザー登録を済ませ、さぁ書くぞ!と意気込んだが、その頃の俺はブログサービスについて調べることに熱中していたため、目の前に広がったテキストエディタに「はて、俺は何を書きたかったんだ」と呆然としてしまい、一番最初に書いたエントリはよく分からない詩的な短文だったと思う。

それから文章をアップするにつれ、その時感じたことなんかを書くことが出来るようになっていったが、「はてなブログ」というサービスが良くわからなかった。

そのサービスにどんな人たちがいて、どんなことを書いているのか。そういうのを調べる術を知らなかった。

そんな時に出会ったブログがある。今でもそのブログに書かれた内容は過去のものまで遡って読んだりするのだけれど、当時は「なにかあったら力になるよ」みたいなエントリを読んで、ちょっと分からないことはこの人にとりあえず聞いてみようというノリで読者登録をし、更新されるエントリも全て読んだ。

俺にとってはこのブログの存在は語りつくせないほど偉大で、いや、このブログを書いている人間そのものが偉大すぎるのだけれど、俺が今でもこうやって零細ブログながら何かを書いていられるのはこの人の存在なくしてはならないと思う。

何かを書くってこういうことなんだなってのを教えてもらったのがこの人だってことです。

そしてしばらくして、俺はその人に影響を与えた人を知ることになりました。「はてな」では超有名人。ただ今はもういません。年に1回くらい増田に現れるようですが、ブログとしてはもういない人です。

俺は当然、俺が影響を受けた人に多大な影響を与えた今は亡き人について興味がわき、出来うる範囲でその人の書いた文章を読みました。

惚れましたね。文章って、こ・こ・ま・で、色んなものを伝えられる道具なのって、正直驚愕しました。こりゃ影響受けるのも無理ねぇわって。

しかし残念営業なことに、俺がその文章に惚れた頃には既にブログは死んでたんです。

ただ、いつかこの人はまたどこかで何か書き始めるんじゃないか、ひっそりとでも書いていたら嬉しいな、と思い、何気にネットを見ている時なんかにふと検索欄にその人に関連する単語を入力し検索をかけるんです。

そして今日、俺は冷や汗が出ました。

死んだはずの人が目の前に現れたら…確かに死んだはずの顔を目視してしまったら…

【魚拓】一人夜勤時に便意が襲ってきた場合、肛門を保護しつつ爆速でうんこする方法 | 24時間残念営業


俺は上記のリンク先を読みました。

確かに、間違いなく死んだあの人の文体なのです。というか既読感たっぷりです。回顧録でです。正直嬉しかったです。また読めたって。

しかし1つ2つとエントリを読むうち、俺の嬉しさの感情がふつふつと泡立ち始めるような感覚を覚えました。

ふざけるな

ふざけるなよ

このひとつひとつのエントリはあの人の魂なんだ!テメェのアクセスアップのためにコピペして気安く掘り返していい墓場じゃねぇんだ!

一番良いのはこんなブログは見て見ぬふりをしておくのが良いのかもしれません。それが最善策だとは思います。でも書かずにはいられなかった。

上記リンク先の記事を下の方までスクロールすると
「本ブログは弱小ブログであるため、深刻なアクセス不足に苦しんでおります。本ブログ存続のためにも、各SNS等でのシェアをどうかよろしくお願いします。」
と書かれている。

俺がブログにこうやって書くことはこの人に協力していると言っていいかもしれない。

でもどうしても、この湧いて止まることのない怒りの矛先をどこに突き刺せば良いか分からなかったので書くことにした。

みんな違ってみんなかわいそう

読み返してみるとなんか当たり前のことをだらだらと書いてるだけのような気もします。そうであればすんません。

 

簡単に「かわいそう」なんて言わないで。 - またーり にゅん日記

もし。目の前で知らない犬が亡くなっていたとしましょう。

あなたは何をしますか?そして何と言いますか?

もし。目の前で飼い犬が亡くなっていたとしましょう。

あなたは何をしますか?そして何と言いますか?

二つの答えが同じ人はとても優しい人かもしくは心が冷たい人でしょうか。

もしよかったらあなたの答え教えてください。

 

知らない犬:あ、死んでる。と思うが何もしない。

 

飼い犬:まだ俺に出来ることはなかったか?お前は俺と一緒で幸せとか楽しいとか感じたことが一度でもあったか?何を考えて眠ったんだ?みたいなことを問いかけながら墓を作る。

 

今までの経験からするとこんなとこかなぁと思います。

 

おそらく俺は半径数メートル程度の狭い範疇の生き物にしか「生」を感じないよう振る舞う人なので、自分に全く関わりのない人や動物が死のうが生きようがあまり興味はないです。というより、たぶん何かしら感情に訴えかけられたりしてるとは思うんですが、全てに応えてたら身が持たないので無意識的に「気にならない」という素振りで感情に蓋をしてるというのが正直なところだと思います。全てに手を差し伸べることができないから興味ない体を装う。まぁ30年近くそういう人として生きてるので今となっちゃあ自動的に行われてる内面の作業工程であって正確に表現は出来ないです。

 

ただ仮に素の自分を晒け出しても良いよ、だれもバカにしないよっていう状況があるとすれば、俺は知らない犬だろうがその死体を目の前にしたら号泣すると思います。

 

だってその犬にだって必ず親が存在するわけで、俺が仮に自分の子どもの死に直面したらって考えると居た堪れないですから。まぁここでの例題は犬なんであれですが。

 

で、「かわいそう」という言葉についてですが、俺も昔から言われるのが嫌いでした。

 

「かわいそう」って必ず上下関係が含まれてるんすよ。幸か不幸かであったり裕福か貧乏かであったり強弱であったり。で、絶対その上下関係の優勢側が放つ言葉が「かわいそう」だと思う。

 

今回の犬の例だと、飼い主がなく飯もろくに食えずに帰る場所も持たず息絶えた犬に「かわいそう」と言うのは、住む場所も食うもんも家族もいる人間。人間の生活を軸に考えると自分よりも不幸な犬が目の前で息絶えたから「かわいそう」。

 

例えば同じテストでAさんもBさんも100点を取った時に、Aさんの勉強時間は5時間でBさんの勉強時間は30分だったとして。BさんはAさんに対して「勉強苦手だとそんなに時間かかるんだ。かわいそう」となる。

 

この「かわいそう」って上下関係の上側、優勢側からしか放たれません。立場の逆転は起こり得ないんです。だから俺は「かわいそう」が嫌いでした。なるべく「かわいそう」と言われないように負けそうな何かを隠そう隠そうとしてきました。別に何も悪くないのに、隠す必要ないのに、と分かってても「かわいそう」と見下される感じが堪らなく嫌でした。

 

ここからは屁理屈かもしれないですけど良ければ読んでください。

 

それでいても立場の逆転が起こり得ないのは一つの視点でのみ二者を比較した時です。みんな違ってみんな良いとかいうように人間何らかの長所と短所を持ってるはずで、ひとたび視点を変えてやれば「かわいそう」の逆転現象は起こり得ますし、さらに比較対象を変えれば「かわいそう」と言う側だった人が言われる側にもなり得ます。

 

さっき「かわいそう」と言われる側だったAさんと言う側だったBさんにもう一度登場してもらい、1キロ走のタイムを聞いてみたいと思います。

Aさん「10分です」

Bさん「30分です」

ということは、フルマラソン走るのにAさんは7時間、Bさんは21時間ほどかかります。

Aさん「走るの遅いと寝る時間なくなるんだ。かわいそう。」

では、市民ランナーのCさん、フルマラソンのタイムは4時間ほどとお聞きしましたが。

Cさん「自分もまだまだですけどAさんもBさんも、かわいそうですがそのタイムでレースへの参加は厳しいです。頑張りましょう」

 

という具合に逆転するんですが、つまりどう見るか、どう比較するかによってみんなそれぞれ「かわいそう」な部分が見えてきます。

なので「みんな違ってみんないい」じゃなく「みんな違ってみんなかわいそう」と考えるようになってからは「かわいそう」と言われることに対して「当たり前だろ」くらいにしか思わなくなりました。

 

「かわいそう」と言われないために、そこを原動力に何かに打ち込むのってわりと疲れるなぁと思うんで、嘘でも誤魔化しでも良いからちょっと楽になれたら良いなと思って書きました。

ひるなかの流星1巻を読んで回想に耽る

http://bookstore.yahoo.co.jp/free_magazine-658735/

ヤホー電子書籍の無料コーナーに実写映画化記念ということで積んであったんで読みました。

読んでてなんか懐かしいと思いました。この漫画が発行されたのが2011年、今から5年前です。作中で描かれてる携帯はガラケーで、そういえば今じゃ当たり前に使ってるスマホが普及したのってここ最近の話で、たかだか5年前を振り返るだけで世の中は大きく変わったんだなぁと。俺自身だって5年前はまだ子どもが居なかったのでほとんど毎日仕事が終わったら飲みに行ってたなぁとか。

あと変化したことといえば5年前を回想した時、そこには既に今の会社で働いてる俺がいるってことですかね。働き始めて今年で9年目なので当たり前のことではあるんですけど。でも今は5年前を回想した時に今と同じ会社で働いてる俺がいて、しかし5年前の俺がさらに5年前を回想した時には別の会社で働く俺がいる。さらに5年前は学生の俺になるわけですけど、これは大きな違いかなと思います。なぜかって比較対象として容易だからです。

んで、そうして5年前と今とを比べた時にわりと大きな違いとしては、5年前よりたくさんのことを諦めるようになったと思います。自分で何でも出来るはずだっていう強がりは諦め、頼れるもんなら頼ろうと思ってる。何か良くないことが起きた時、とにかく俺が頑張れば何か良い方向に転ぶはずだという考えを諦め、周りにいる人にアイディアを求めた方がクオリティもスピードも早いし何とかなると諦めた。高卒でバカにされる悔しさから大多数の大卒に牙を剥いて争うことも諦めた。

諦めたっつーか疲れたのかもですけど。それに諦めが良いのか悪いのかもわかんないですけど、気持はずいぶん楽になった気がします。あんま戦う必要がなくなったんで。戦う生活から逃げたって表現が正解なのかもですが。

というような回想を片隅に漫画を読めたので内容の如何問わず何か残る作品でした。としたところで少し内容に触れておきます。

主人公のすずめはド田舎の高校生として穏やかな日々がただただ過ぎていくと思っていた矢先、父の海外転勤が決まり母親も付いていくと言い渡された。すずめはというとずっと昔に会って顔すら記憶にない東京のおじさんに預けられ、もちろん選択の余地なく転校、というところから物語が始まります。

読み始めて早々道に迷ったすずめは名前しか分からないおじさんの家をそこら辺歩いてる人に尋ねるも、「さあ」「ここのものじゃないんで」と地元なら全員無条件で身についてるはずの誰とかさん家への道案内が誰1人出来ない状況を「東京砂漠」と表現しててこりゃ面白そうだと読み進めました。

で、全体時な感想としてはストレスなく読めました。まだ1巻しか読んでないのにあれなんですが、登場人物の設定が「表情が薄い」「反応が薄い」「いつも笑顔」という具合なので、読んでてもあまり疲れません。あと作者はさぞストーリー構成に尽力出来る環境設定を整えたなと思いました。

この文章は親指シフトにより1時間かけて書かれました。すごいストレスです。

親指シフトを始めてまとまった文章を書けないストレスをスマホで晴らした

昨日から親指シフト始めました。ので、日常生活に支障がない限りしばらくローマ字打ちはお休みです。

 

親指シフトって何?ってひとはhttp://nicola.sunicom.co.jp見てください。なんなら体験コーナーもあるので体験してみてください。

 

で、まだやり始めて半日くらい、時間的には3時間くらいの状態なんですが、現状としてはキー配列も全然覚えてないので、打ちたい文字を配列表から1文字探してはポチ、1文字探してはポチっとうんとこしょ〜どっこいしょと入力してる状態です。

 

でですね、そうやって新しい入力方式を取り入れる、会得するために練習するっていう作業そのものはわりと好きな方なので、最近だとポケモンGOでカーブボール投げて必中出来るまでひたすら練習とか平気だし、ゲームボーイ版初代ポケモンでちょっとでも強く育てるために経験値を一度にたくさん貰える敵じゃなく戦闘経験たくさん積ませるためにあえて序盤の雑魚キャラで経験値稼ぐとかも全然平気な人です。(後半は自分の作業経験積むのとあんま関係ないか、まぁいいや。)

 

なので練習することに関しては全くのストレスフリーな状態です。

 

ただ、キーボード使って文字を出力するっていう作業っていうのが何かと日常生活を送るうえで決して小さなウエイトではなかったんだって実感しました。

 

まず何より仕事で必ずキーボード使って文章を書かないといけなかった。職場に行ったら1人一台自分の机にパソコンがあるような職場なので、考えずとも分かる話ではあったんですが。

 

それで冒頭にも書きましたが、親指シフトを始めた瞬間からローマ字打ちは休暇中なので、仕事でもやたらと作業効率の悪い入力方式で文章を作るわけです。幸いなことに今の時期は長文の作成よりもエクセル使った計算問題みたいな仕事が多いので何とかなってますが、それにしたって作業効率の悪さは際立ってます。

 

こればっかりはストレスなんですよねぇ。練習なら良いんですけど、いざ効率を求められる場面となると「お」を出力しようと勝手に反応する右手中指に「ローマ字打ちは休暇中です」と納得させ、親指シフトの配列表から「お」を探しておぉ人差し指と親指の出番だったかと再認識させて出力する作業がいかに非効率か。

 

あとはこういうブログみたいなまとまった文字数を書きたいと思った時ですね。先月末くらいから公開とかせずに日記を書いてるんですが、それの継続もちょっと怪しいです。今ちょうど1000文字くらいなんですが、親指シフトを使ってこの文字数書くのは現状なら挫折します。まだ量を書く力がついてないです。

 

じゃあ今どうやって書いてるかっつーとスマホです。フリック入力出来ないので「かかく」とか入力するのに苦労します。まぁ何にせよ世の中便利なのでキーボードなくてもブログが書けるのです。ということに今更気づいてどうしてもって時は日記もスマホで続けられる事に気付きました。

 

これ書き始めて20分くらいになりますが、俺は一つの事を集中して考えるのはこれくらいの時間が区切りなんだと分かりました。もう何の話してんだか分かんないです。

 

しかも読み返してみるとたぶん書こうとしてたことが断片的にしか出力されおらず歯抜けジィさんみたいな文章になってて気持ち悪いのでこの気持ち悪さの解消を目標にして喋るように打てると言われる親指シフトの練習を頑張ろうと思います。

 

ということで、最後に現状の親指シフトのタイプスピードでも計測して終わりにします。

46文字 130秒

バイ バイセコー

先日、尾崎豊の息子さんがライブをやったってニュースを見たんですけどね。

ちょっと懐かしい気持ちになったので、思い出話しに嘘を交えたフィクションとして。

あれは中学3年の終わりのころでした。受験生ってことで友達がこぞって塾の夏季講座に行き出したので、俺も親に頼んで塾に入れてもらい、無事に第一志望の高校に受かり、残りの中学生活を満喫するだけという時期です。

塾には違う学校の生徒もたくさん来ていて、その中の一人の女の子M子ちゃんと仲が良くなりました。きっかけは、たぶんたまたまMちゃんが落ち込んでいる時、悩みを聞いたことだったと思う。

それがきっかけでよく話すようになり、お互い受験も終わって落ち着いたので、付き合おうかということになった。

M子ちゃんと俺は合格した高校が別だったので、高校に入学するまでの期間、もし上手くいっても1年もすればお別れすることになるだろうとは思いつつ、この中学生活のピリオドを誰かと一緒に打つのは悪くないと思えたので付き合い始めた。

このころ、友達や彼氏彼女との連絡手段は携帯のメールだった。ただ、今みたいに国民みんなが携帯を持ってるというところまでは普及してなく、生活やコミュニケーションの中心に必須の存在ではなかった。全く関係ないかもしれないが、メールアドレスの設定もわりと無防備な人が多く、manco@docomoみたいな、ドメイン前に自分の名前だけというアドレスも多かった。なので、友達数人と適当な女の子っぽい名前宛にメールを送りつけて出会う、みたいな遊びをやっていた。数人の中学生グループが1人1日100通くらいのメールを送っていた俺たちは迷惑業者と大差ない、というのはまた別の話だ。

で、M子ちゃんは携帯を持ってはいたけど、どうやら親に持たされただけのようで、家の机にしまいっぱなしで日常生活に役立ててはいなかった。なので、俺と彼女の接点は塾でのリアルな出会いと会話だけだった。

M子ちゃんと付きあい始めたのは受験が終わってからだ。なので当然、塾で講義を受けることはない。しかし俺たちは事情が事情なだけに塾に通い続けるしかなかった。別に部屋がなくても構わない、講義がなくても構わない。講義もないのになんで来てるんだと誰に白い目で見られようとも構わない。とにかく、その塾という場所を俺たちは求めていた。

そうした日々を過ごし、高校の入学式が迫ってきたある日のこと。M子ちゃんから自宅に来ないかとの招待を受けた。招待といえどもこれは決戦だ。明日の酉の刻、M子ちゃん宅の最寄駅に集合、ということになった。

翌日の決戦を控えた俺の目は冴えきり、一睡もすることなく出発の時がきた。時は満ちた。いざゆかん!!!

俺の家からM子ちゃんの家までは電車でも結構時間がかかるのだが、俺は移動手段にチャリを選んだ。バイ バイセコー。学生だから金がなかったのではない。どうしても二ケツがしたかった。ふわふわのダブルチョコレートプリンと、触れ合いたかったのだ。

集合場所までの道のりは険しい。片道1時間半くらいはかかる道中、その距離そのものもさることながら、ジェットコースターのようなアップダウンがある。さらに俺の内に秘めたるマントルの活動が活発化しズボンが隆起を続ける。

とてもやっかいではあるが、俺はウルトラソウルなハートビートをBGMにハムスターのごとくペダルを漕いだ。漕いで漕いでとにかく漕いだ。弱虫ペダルではない。強がりペダルだ。

そして…そしてやっとこさ目的の駅に着いた。すでにM子ちゃんはそこにいた…戦いの火ぶたは

切られた
チャリで来たん!?」
「お…おう」
「つかれたろー?」
「いや、今からやろ…ははは」
「ははは」
既に俺の体内は酸欠でよく考えて会話をすることが出来ない。
「ねーねー。ちょっとそのチャリかして?」
何をしたいのか分からないが、M子ちゃんはチャリのレンタルを要求してきた。俺は俺で少し座って休みたかったので、貸した。この戦場で唯一の武器を、貸した。
「いいよ、はい」
「じゃあちょっと行ってくるね」
「(どこに行くんだろう…)気をつけろよ」
MちゃんはMJみたいにスマートなスタートをきった。立ち漕ぎだった。

数秒経った時にはM子ちゃんは100メートルくらい進んでいた。

「チャリーン・チャリーン・チャリーン・チャリーン・チャリーン」

そこからM子ちゃんは5回の合図を鳴らした。

「ア・イ・シ・テ・ル」

ドリームズ・カム・トゥルーの歌詞である。


…現実はそう甘くはない。

盗んだバイクで走り出す
行く先も分からぬまま
自由になれた気がした…15の夜

M子ちゃんは待てど暮らせど帰ってこない。

5回の合図はそう…


「さ・よ・う・な・ら」

M子ちゃん

バイ バイセコー

無一文の男に遭遇

きのう無一文の男に会った。

仕事が終わって家に帰ったら、奥さんに「米ついてきて(「ついてきて」は恐らく方言です。ついてきて=精米してきて)」と言われたので、車に玄米を積んで近所の無人精米所に行った。電話ボックスの中に設置された自動販売機みたいなやつだ。表に「営業中」と「台風で6日まで休みます」という手書きの張り紙があった。張り紙は手書きだったので、精米所を管理してる平和ボケしたご老人が碁盤と将棋の駒を持って「さぁ対局しよう」くらいに分からずも温かいものだったんだけど、精米所そのものは無人だけあって人の温もりや優しさの欠片もないものだった。

精米所の中に入って精米機を見たらランプが灯ってたので、30キロの玄米を投入して金額を確認した。
10キロまで100円
20キロまで200円
30キロから300円
お金の投入口は100円専用になってて「お釣りは出ません」と書いてある。なお、辺りに(といっても1.5m×1.0mくらいの狭いスペースなのだが)両替機はない。

この精米所に来るたびに思うのだが、お釣りが出ないことよりも玄米30キロ投入したのに200円しか持ってない時の「一度入れたら戻せません」の方が大事な気がする…

さて、きのうは財布に300円があったので、つーか準備してたので、300円を入金して一番白くなるモードで精米し、暖かく綺麗な白に脱皮したお米を車に積み込みました。

んで車に乗り込もうとしたら「すいません!すいません!このバイパス沿いにコンビニありませんか?」って赤シャツにタオルを頭に巻いたバックパッカーのにぃちゃんが親からはぐれた子どもみたいな目で聞いてきた。
「近くにはないですね〜。どうしたんすか」
ヒッチハイクしようと思うんすよ。トラックを。昨日バイトでここに来て、財布落として警察に行ったんすけど、身分証もないからどこに送ることも出来んって。昨日から何も食ってないんすよ。」
「そうなんすか。家どこなんですか」
唐津の方です」
この場所は福岡県北九州市のはずれ付近。唐津佐賀県。距離は…100キロは軽く超えてると思う。
ヒッチハイクと聞いた瞬間は「ヒッチハイクで日本縦断の真っ最中!」みたいな夢を持ったにぃちゃんが話しかけてきたと思ってハイハイがんばってね、そろそろ現実見ろよバーカとか思いつつ去って行こうと思った。けど、なんか困ってるっぽい。嵐の最中に橋の下でダンボールの中からこっちを見つめてる子猫みたいに困ってるっぽい。
「いや、ヒッチハイクとか無理でしょ。メシも食ってないんでしょ?唐津までいくらかかるんですか」
「電車なら2800円くらいで行けるみたいなんです。けど僕一銭も持ってないんすよ もぉ〜」
俺は今車だから唐津まで送って行けたらそれが一番良い。けど家には今精米したての米を待つ嫁子が腹を空かして待っている。俺は一刻も早く帰らんといかんばい!という衝動に駆られ…嘘ついた。本当はこいつもしかしたらあのバックパックの中に刃物とか爆竹とかロープとか仕込んでて車に同乗したが最期、俺は帰らぬ人となるんじゃないか、可能性低いけどありえるやんと思って…しかも手持ちの食料っぽいものっつったら炊きたてのご飯に似た(⁉︎)つきたての米だけなので、さすがに食わすわけにはいかなかったので
「じゃあこれで帰れるやろ。そこのバス停から駅まで行って帰れるやろ。」
「えぇ⁉︎良いんすか?連絡先教えて下さい!ぜっったい返しますんで!」
「いい、いい。まじで。またもし次会うことあったら返して。」
と4000円を渡した。
4000円ってのは、まぁ帰るための交通費と飯代です。財布まるごとなくしたなら少しの期間は預金引き出すのとか困るんじゃないかなぁと思って。

で、4000円の出費ってのは実際結構デカイので、精米からの帰路1人車の中で凹んでました。帰ってありのままの状況を奥様にお話ししたら…
「なんでそんな見ず知らずの人に4000円も渡すんだ!テメェ24時間テレビか!偽善者か!募金の為に働いてんのか!」
とか言われても仕方ないなぁと思いつつ帰った。そして話した。

「はぁ⁈ありえん‼︎」
…ですよね
「なんで警察は助けんの⁉︎」
…それは分からん
「だいたいあんた!騙されたら騙されたで良いやん」
………はい
「なんで1万くらい渡さんかったん⁉︎本当に困っとったらどうするん‼︎断られても渡してこいよ‼︎」

なんかおかしな方向で怒られました。
あと6000円、どうやって渡そうか…

ぜんぜん豊かな人生じゃないよね

友達ゼロだった私が、大人になってわかった友達を作る方法。 - ミニマリストは世界を救う!
これを読んだ。

最初に書きますが、友達を作るコツってすごいシンプルです。

•友達が欲しいという態度を出し、自分から声をかける
•受け身の姿勢の人が多いから、声をかけるだけで好かれる
•友達選びは、みんな適当なので気にしないで声をかける

ってことですけど、細かな表現は気になりつつもこのぶぶんは比較的同感です。同級生でアドレス帳の登録件数が飛び抜けて多い人とか、随分前にやめましたけどフェイスブックの友達件数がやたらと多い人なんかはこういう特徴の人でしたから。

で、この記事のまとめがこれ。

人生が豊かになる方法は、すごく簡単なことだと思います。

書き出しがこれ。

私、友達あまりいないです。今現在は、数か月に一度会う人が10人弱かなあ。

でも、元々はシャイで全然友達が作れなくって、高校2~3年の時は友達ゼロ。ひどいもんです。その後、30歳を過ぎてからは、逆に増えすぎて過ぎて管理しきれずにイライラして、整理してしまいました。そして、今は本当に少ないです。


タイトルは友達を作る方法。


結局この記事は「人生の豊かさを管理しきれずイライラして人生の豊かさを断捨離した私が人生豊かになる方法」について書いたもの。

なんすかそれ?


以下なんかスッキリしない部分を俺が整理したいだけの蛇足です。

ブコメにも書きましたが、そんな適当な友達をたくさん作ってどうしたいの?という疑問をこういう人たちに対して持ってたし、俺自身はそういう態度の人のことが好きではないです。
そういう態度の人って初対面でもなんとなく分かるし、その人にとっての友達は俺じゃなくて誰でも良いなら面倒だから話しかけてくれなくて良いです。

つーかこの記事を読んだだけでは友達と知人の違いについて俺には良くわかりませんでした。俺の中での友達と知人の違いは、その人のためなら俺が多少損しても構わないと思える人が友達です。そんで、自分が引き受けても構わない損の度合いが増すにつれ、親友、家族となり、その順位を基に俺自身の選択する行動が決まります。

なので、たとえ多少の損を受け入れても構わない友達の要求とはいえ、それが家族にとっての損になるのなら、俺は家族にとって損にならない行動をとるので、友達の要求は叶えられないということになります。

反対になんでこの人のために俺が損しなきゃいけないんだと思う人は知人なので、俺の知ってるほとんどの人は知人です。

さて、この記事には「いい話」というブコメがついてましたが、おそらく記事の中で書かれている学生生活、友達が全くいなかった私が変わるまでの経験談を指してのものじゃないかなと思います。

たしかに何かのきっかけでそれまで苦手だったことを克服できたという経験談というのは「いい話」なのでしょう。いじめられたことをきっかけに嫌われ者の自分を変えることが出来たというミニマルメンタリストのお話とかもそうだと思います。

で、その経験談っていうのがこれなんですけど

友達がいなかった時代にできなかったこと。「自分から声をかける」という難題
〈略〉
私は栄養士の資格をとるために、30歳の時に社会人入学しました。そこで、周りは18歳のキャピキャピした子の中、自分は友達が作れるものだろうか・・と、とても不安でした。その時、隣の席になったMちゃんという子と友だちになれたのですが、それはすごく簡単な理由でした。

それは・・

Mちゃんが私のことを友達認定してくれた、と勘違いしたからです。Mちゃんが、教室移動の時に私を待っていてくれたのを見て、あっ私を待ってくれてる!!と感動しました。それからは、私も遠慮なく、Mちゃんを誘ったり、昼休みに一緒に行動できるようになったのです。

でも、後でわかったのですが、その時Mちゃんは私を待っていたわけでなく、他のクラスの友人を待っていたという(笑)

マジすか⁉︎

短大の同じクラスで、たまたま、隣の席になっただけのMちゃん。友達でもないMちゃんから、何も声をかけられるわけでもなく、自分を待っていると勘違い。

ジョークなら分かるんですけど、こんな状況あるんすか?てか友達って認定制なんすか?

俺がこの人もしかして自分のこと待ってるかもっていう勘違いを引き起こす状況を想像すると、その人とある程度親しいっていう背景があって、そのうえで誰かを待っているようだという現状を視認した場合か、俺に向かって何か言いたげな表情と視線を向けているかっていう場合だと思います。

だとすると、単に隣の席というだけで特別親しいわけでもないMちゃんが一人廊下に出て窓から外を眺めながら待ちぼうけしている姿を見て自分のこと待ってるって勘違いはしないでしょうから、おそらく教室の扉の陰からちょこんと顔だけ覗かせて私の方をじっと眺めていたか、あるいは隣の席からなかなか教室を移動しない私の様子をじっと覗っていたか。

怖いなMちゃん。この線はないわ。

もうひとつはMちゃんとしては既に親しいつもりで私のことを友達だと思って接してたけど、私は年齢差からMちゃんのことを友達認定出来てなかった。で、ある日の勘違いをきっかけに年齢差からくる引け目みたいなもんを感じずMちゃんと接することができるようになった。

たぶんこっちでしょうな。

これって友達認定してもらう方法っつーより自分が友達認定する側、つまり相手に対して自己開示して、自分はあなたとの関係において損を請け負えますよっていう意思表示です。

けどなんか文脈から受ける印象で引っかかるなぁって感じてたのは、その意思表示が私にとっては相手が自分を友達認定してくれたと思ってること。つまり自己開示によって、相手側が損を受け入れる体制が整ったと感じてしまったってことです。

そりゃ友達関係も上手くいかなくてイライラするでしょう。

相手は既に友達と思ってるのに、自分の勝手な引け目を言い訳に相手に更なる負担を強いるばかりで、対して自分は求めるばかりの友達関係でしょ?よっぽど友達が私のことを好きでないと友達関係上手くきません。

ずっと好きで一緒にいる彼氏から「俺のこと本当に好き?俺でいいの?自信ないんだけど」とか言われたって、「いや好きだから一緒にいるんだろ⁉︎私にこれ以上何をしろってんだ!イヤならイヤと言え!」ってなりますよ。

だから、自己開示って確かに友達を作るうえでは大切な事だと思うんですけど、それによって自分が引き受けなきゃいけない負担が増すってことはハッピーセットだって言いたかったんだなぁと今わかったので終わります。