金田んち

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神様のバカ

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【第6回】短編小説の集いのお知らせと募集要項 - 短編小説の集い「のべらっくす」への参加物です。


聞いてください!

「はじめまして。私、なるほど出版の住吉綾香と申します。」
「はじめまして。僕がお送りした情報の件ですよね。」
「ええ。早速ですが、鳥越さんからいただいた情報について、詳しくお話をお聞かせください。」
「もちろんです。」

なるほど出版で働く住吉は、宮崎県高千穂町にある小さな喫茶店で鳥越と面会していた。古い店内には焙煎されたコーヒー豆とタバコの臭いが染みついている。

ここのところ下降傾向の出版物の売り上げを何とかしようと、読者から募った不思議体験を載せる企画をしていて、その取材のため高千穂に訪れたのだ。

「あれは5日前のことでした。僕はその日傷心していて寝つけず、夜中なのにふらふらと散歩に出かけたんです。」
「傷心と言いますと?」
「それ言わなくちゃいけませんか?」
「いえ、すみません。どうぞ続けてください。」
「時間としては3時頃だったと思います。僕の家は高千穂町の中でもかなり田舎で、夜になると全く光がありません。」
「危ないですね。」
「まぁ田舎なんてそんなもので慣れっこです。始めは下ばかり向いて歩いていました。慣れっことは言っても、暗闇に目が慣れるまでは足元を見ておかないと危険ですからね。」
「やっぱり危ないんですね。」
「ちょっと黙ってください。だんだん目が慣れてきて、ふと峡の空から峡の中に伸びたものを見つけたんです。」
「ええ」
「いや、初めはまだ目が慣れてないせいかとも思って何度も目を擦っては空を眺めるんですが、やっぱり空には何かあるんです。もやっとして淡いものが。」
「見間違いではない、と」
「ええ。それで気になって峡に歩いていきました。峡に入って木々の茂りが増すにつれ、だんだんと空に伸びるものが見えなくなったんですが、地元民の土地勘だけを頼りに歩いたんです」
「はい」
「目指した場所には桜の木がたくさん植わってるんですがね、満開だったんですよ」
「はぁ」
「いやね、実は僕、昼間も同じ場所を訪れてるんですが、桜なんてひとっつも咲いてなかったんですよ」
「えっ?ということは?」
「僕ね、あれ獅子神様だと思うんです。いや、確実にそうなんです。だから獅子神がいたって寄越したじゃないですか。」
「獅子神様って、もののけひめの、ですよね?」
「そうです、獅子神様がやってきて桜を咲かせたんですよ。」
「その時の写真って撮りました?」
「いえ。カギ以外何も持たずに家を出ましたので。」
「じゃあ、一緒に見た人は?」
「彼女にフラれて傷心だって言ったでしょ。一人きりですよ。」
「そうですか。てか、フラれたんですね。」
「ほっといてください。というより、信じてもらってないですよね。僕の話。」
「いえ、出来事が出来事なだけに…何か証拠になるようなものでもあればと思いまして。」
「いいですよもう。あーあ、やっぱこんな話するんじゃなかった。僕もう帰りますから。」
「あ、あの。貴重なお時間を割かせてありがとうございました。今日の取材が記事になる際には」

改めて連絡を入れる。と、最後まで言い終わらないうちに男は怒って帰ってしまった。

その後目撃地付近で聞き込みをしてみるも、やっぱりという具合に他の目撃者はおらず。どころか話が突拍子なさすぎて、新興宗教団体への勧誘だと間違われもした。


獅子神というネタそのものは興味深いものだったが、証拠写真もなければ他の目撃証言もない。これではいくら魅力的なネタも単なる架空の物語としてしか読者に提供できない。

大した収穫もなく肩を落として事務所に帰ると、3日前から屋久島へ取材に出ていた岡部が帰ってきていた。

「先輩、屋久島はどうでした?」
「なかなか良いところだったよ。3日間も滞在できたからさ、お陰でほら、こんなに日焼けしちゃったよ。」
「そうじゃなくて、天の川が出来るところを見たっていう女性の話ですよ。」
「あぁ。なんかロマンチックな話は聞けたけど証拠物なんて何もないし、私にしか見えないとか言い出すもんだから、もう全然だめだね。次は電波が見えたっていうネタでも追いかけることにするよ。」
「聞き込みとかしなかったんですか?」
「何人か当たったけど胡散臭い営業と間違われて腹立ったからすぐに諦めた。」
「同じだ。で、残った時間は?」
「観光、だね。」
「だね、じゃないですよ。しかもウインクしないでください気持ち悪い。ちなみに、天の川についてはどんな内容だったんですか?」
「ほれ」

岡部は「取材ノート」と記された冊子を住吉に投げ渡した。そこには、

・30代女性、彼氏なし
・派遣契約が切れて東京から帰郷
・2日前、夜中に山を見た
・天の川のような淡い色のものが山から空に伸びるのを発見
・東西に長く、ゆっくり北上していった
・写真なし、目撃者なし

「先輩、私の取材ノート見てください。」
「え?どうせ収穫なしだろ?嫌だよ。」
「いいから!」
「わかりました」

仕方ないなぁという顔でノートを見る岡部の顔からダルさが消え、眉間に皺が寄る。ノートを読み終わると同時に顔をあげ、

「「桜前線!!」」

2人の視線はバチっと合い、同時に声をあげる。

「先輩、大スクープですよ。でも、桜前線とはちょっと時期が違う気がするんですよね」

同じ疑問を抱いていたのか、激しく眉間に皺を寄せていた岡部が、ピンポーンという効果音が聞こえそうなほどに顔をあげた。

「ごまかしだ」
「はい?」
花言葉だよ、桜の。」
「桜にごまかしなんて花言葉あったんですね。で、どういう意味ですか?」
「あのな、何が作用してるのかは分からんが、移動する桜の花びらを仮に神様だとしよう。神様は自分の姿を人間に見られるわけにはいかない。もちろん、どこかに移動するみたいなことも勘付かれてはいけない。そこで、桜前線を先に走らせ人間の目をそちらに向け、自分は後から移動する。つまり、桜前線はごまかし、カモフラージュってことだ。」
「分かるような、分からないような。で、先輩は次に神様が移動する先も分かったってことですか?」
「当然だ。桜前線の動き、これまでの移動先を考えると、次は山口県秋吉台だ。」
「おぉぉ!当たってるのか間違ってるのか見当もつきませんけど、先輩、大スクープですね!取材、よろしくお願いします!」
「何言ってんだ。お前ももう一度高千穂に行って撮ってこい。神様の尻尾も首根っこもどっちも撮るんだよ。」
「私もですか!?次の移動っていつですか?」
「知るか、神に聞け。さぁぐずぐずするなよ。さっさと準備して張り込みだ!」
「先輩…」
「なんだそんなに目を潤ませて。そんなに嬉しいのか?」
「私、女です」
「今更自己紹介されなくても知ってたよ。」
「そうじゃありません…あそこ、トイレがないんです…そんな場所で野宿だなんて、もぉぉぉぉ!!神様のバカー!!!」

これで僕が聞いたお話はおしまいです。

え?結末ですか?まぁ、このことがキッカケで、情報提供者の2人の仲に花が咲いたとでも言っておきましょうか。